LOGIN第42話 父の事故は「事故だった」という証拠と、「事故ではない」という証拠が同時に出ました」
父の事故が殺人だったと証明されてほしい。
そんなふうに思っているわけではない。
少なくとも、そう思いたくはない。
でも十二年間、単なる単独事故だと言われ続けた側の人間は、「違ったかもしれない」と示すものが一つ見つかるたびに、どこかで期待してしまう。
父はただ運が悪かったのではない。
誰かが何かをした。
だったら責任を問える。
理由を知れる。
怒りを向ける先を決められる。
逆に、本当にただの事故だったのなら。
誰も父を殺していない。
その事実は喜ぶべきなのに、十二年抱えてきた疑問の行き場がなくなるようで怖かった。
そんな自分が嫌だった。
「また朝食より先に事件を考えているな」
向かいからエイドリアンが言った。
「今日は仕方ないでしょう」
第42話 父の事故は「事故だった」という証拠と、「事故ではない」という証拠が同時に出ました」 父の事故が殺人だったと証明されてほしい。 そんなふうに思っているわけではない。 少なくとも、そう思いたくはない。 でも十二年間、単なる単独事故だと言われ続けた側の人間は、「違ったかもしれない」と示すものが一つ見つかるたびに、どこかで期待してしまう。 父はただ運が悪かったのではない。 誰かが何かをした。 だったら責任を問える。 理由を知れる。 怒りを向ける先を決められる。 逆に、本当にただの事故だったのなら。 誰も父を殺していない。 その事実は喜ぶべきなのに、十二年抱えてきた疑問の行き場がなくなるようで怖かった。 そんな自分が嫌だった。「また朝食より先に事件を考えているな」 向かいからエイドリアンが言った。「今日は仕方ないでしょう」「再鑑定の一次報告?」「はい」 私はコーヒーへ手を伸ばした。「事故写真、道路状況、タイヤ、ブレーキ、当時の整備記録。残ってるもの全部を事故鑑定の専門家が再確認した結果が今日出ます」「殺されたと証明されてほしい?」 いきなり核心だった。「……すごい聞き方しますね」「自分でも考えてる顔だった」「顔は禁止」「今日は許せ」 私は少し黙った。「分かりません」「そうか」「殺されてないほうがいいに決まってます。でも、単なる事故でしたって言われたら、それで十二年前のこと全部まで偶然だったみたいに感じる気がして」「資金不正と事故は別だ」「分かってます」「事故でも、お前の父親が何かを見つけていた事実は変わらない」「はい」「事故でも、会社がその後に何をしたかは消えない」「
第41話 夫は父の証拠を会社ではなく警察へ渡しました 父の貸金庫から出てきた資料を、ヴァレンタイン・グループの中だけで処理する。 その選択肢は、最初からないと思っていた。 少なくとも私は。 ただ、実際にそれを口にするのが誰になるのかまでは考えていなかった。 翌朝、ローラから届いた会議招集には、監査委員会、外部法律事務所、文書鑑定担当、エイドリアン、ヴィクター、そして私の名前が並んでいた。 議題は一つ。『貸金庫回収資料の外部当局への提出方針』 簡単な言葉だった。 でも、その一行で会社の未来が少し変わるかもしれない。 ◇「行く前に食べろ」 ダイニングでエイドリアンが言った。「食べてます」「今止まった」「会議のこと考えてただけです」「だから止まるな」「あなたも今日はあまり食べてないでしょう」 彼の皿を見る。 半分以上残っている。「私はいい」「駄目です」「なぜ」「私に言うなら自分も」 エイドリアンは少しだけ眉を寄せた。「面倒だな」「公平です」「その言葉は便利だな」「あなたも最近使うでしょう」 私が言うと、彼は少しだけ笑った。 でも、そのあとすぐ真顔に戻る。「今日、荒れる」「取締役側が?」「ああ」「警察へ出すのを反対する?」「出すこと自体より、出し方と時期だろうな」「何が違うんです」「市場開示、訴訟、監査、保険、金融機関対応。刑事当局へ出せば、会社が自分でコントロールできない範囲が一気に増える」「だから内部で先に整理したい」「ああ」「それ、十二年前と同じになりません?」 エイドリアンの手が止まった。「そ
第40話 十二年前の貸金庫を開けたら、父の署名がない承認書が出てきました 貸金庫を開ける日の朝、私はいつもより早く目を覚ました。 眠れなかったわけではない。 むしろ妙に深く眠った気がする。 ただ、目を開けた瞬間に思い出した。 今日、父と母が十二年前に守った箱を開ける。 それだけで、もう二度寝は無理だった。 ダイニングへ下りると、エイドリアンはすでにいた。「早いな」「あなたも」「私はいつもだ」「今日は何時から起きてたんです?」「五時半」「十分早いでしょう」 彼は否定しなかった。 たぶん、私と同じなのだ。「銀行は十一時?」「はい。銀行法務、マーガレット、ローラ、外部の文書鑑定担当、ソフィアと私」「私は行かない」 自分から言った。「ええ」「それでいい」「本当に?」「ああ」 私は少しだけ笑った。「前なら、絶対来るって言いましたよね」「言うだけなら今も言いたい」「来たい?」「かなり」「でも来ない」「私がいれば、銀行側にも調査側にも余計な意味が生まれる」「現CEOが、十二年前の会社不正疑惑の原資料が出るかもしれない貸金庫開封に立ち会う」「最悪だな」「ええ」 エイドリアンがコーヒーを置いた。「だから待つ」 その一言が、少し嬉しい。「終わったら連絡します」「急がなくていい」「でも話したいです」 彼が一瞬だけ黙る。「そうか」「何です、その顔」「何でもない」「あなたもそれ言うんですね」「今くらいいいだろう」 私は笑った。 ◇
第39話 父が最後に隠した原本は、私たちの家族の荷物の中にありました ソフィアの家へ向かう朝、エイドリアンは珍しく「私も行く」と一度しか言わなかった。 一度は言った。 そこは言った。「本当に来なくていいのか」 玄関でコートを羽織っている私へ、念を押す。「大丈夫です。今日は調査より、まず家族の荷物を整理する日なので」「警備だけはつける」「外で待機なら」「ああ」「箱を開けるところまで入ってきたら怒りますよ」「そこまではしない」「前のあなたなら?」「いつの私だ」「結婚初日の」「お前の部屋へすら勝手に入っていない」「そうでした」「訂正しろ」「思ったより常識的でした」「褒めていないな」 私は少し笑った。 今日確認するのは、母が亡くなったあとソフィアが預かっていた家族の荷物だった。 前に住宅保険と修繕関係の封筒が見つかった箱だけではない。 写真。 年賀状。 古い領収書。 子どもの頃の学校関係。 父の文房具。 母が捨てられなかった細々したもの。 父がスティーヴン・サンダースへ話したという、「家族がいつか整理するもの」。 そこに何かあるのかもしれない。 何もないかもしれない。 後者のほうが可能性としては普通だ。 十二年も前なのだから。「見つからなくても」 エイドリアンが言った。「何です」「自分を責めるな」 言われた瞬間、少しだけ腹が立った。「まだ探してもいないのに?」「先に言っておく」「そういう先回り、アレクサンダーさんっぽいですよ」 エイドリアンが露骨に嫌な顔をした。「それはやめろ」
第38話 父と会う予定だった法務担当者は「原本を受け取れなかった」と証言しました 父が事故に遭った夜、午後七時四十五分。 スティーヴン・サンダースは父と会う予定だった。 昨夜、その事実を本人が認めた。 さらに、こう予告したという。『リチャード・ハート氏から原本を受け取る予定だった』 父の紙片には、正反対のことが書かれていた。『原本は渡さない』 どちらが本当なのか。 あるいは、どちらも本当なのか。 父が途中で考えを変えたのなら、その理由は何だったのか。 朝食の皿に乗った果物を眺めながら考えていると、エイドリアンが新聞から顔を上げた。「今日は何も言わないのか」「何をです?」「食べろと言う前に食べている」「学習しました」「自分で言うのか」「あなたに言われる前に」 私はフォークで果物を一つ取った。 食欲があるわけではない。 それでも昨日、ノアにもエイドリアンにも食べろと言われた。父の事故を調べるたびに生活まで止めるのは、もうやめようと思っている。「十時から?」 エイドリアンが聞く。「はい。最初の聴取から私は参加を認められました」「珍しいな」「父の遺族として確認すべき事項があるのと、今回はヴァレンタイン側の現経営判断とは少し切り離せるから。もちろんローラとマーガレットが主導します」「私も行く」「駄目です」「即答だな」「スティーヴンさんは、十二年前のヴァレンタイン案件を扱った元外部法務担当です。今のCEOが同席すれば余計な圧力になる」「オンラインでも?」「同じです」 エイドリアンは不満そうだったが、反論しなかった。「分かった」「素直ですね」「昨日の話をしたばかりだろう」「何の」「選ばせる」
第37話 父が最後に会おうとしていたのは、夫の母だけではありませんでした 父の事故について考えるとき、私はいつも同じ場所へ戻る。 雨。 濡れた道路。 ガードレール。 そして、ミランダとの約束。 父はあの夜、彼女に会いに行くはずだった。 少なくとも、私はずっとそう考えていた。 だからこそ、六年前のVeritas Vault完全インデックスに残っていた『ACCIDENT_SUPPORT / RH』という参照名を見つけたとき、最初に思ったのは、事故そのものに関する隠し資料があったのではないかということだった。 ところが翌朝、外部調査チームから届いた最初の連絡は、想像していた方向とは少し違った。『警察旧保管記録に、リチャード・ハート氏の事故車から回収された紙片について記載あり。現物所在を確認中。』 私はダイニングの席でその文面を二度読んだ。「何が出た」 エイドリアンが聞く。「父の事故車から、紙片が回収されてた可能性があります」「初めて聞くな」「私も」「警察記録?」「はい。現物はまだ所在確認中」「何が書いてある」「そこまでは、まだ」 エイドリアンはすぐ何か言おうとして、止めた。 最近、この「止まる」が増えた。「何です?」「今すぐローラに聞けと言いそうになった」「言わなくなりましたね」「学習したと言うな」「まだ言ってません」「顔が言っている」「本当に便利ですね」 私は少しだけ笑った。 でも、胃のあたりは重いままだった。「怖い?」 エイドリアンが聞く。「はい」「昨日より?」「昨日までは、事故に関する資料があったかもしれない、でした。でも今日は、父の車から実際に何か回収されていた可能性がある」「